大泉博子の

徒然草

DAILY
日々雑感
  •  日本の老人向け広告は、膝が痛い、腰が痛い、元気が出ない、…などの老人の訴えに対し、これを飲めば治りますす、と結論を持っていき、結局サプリメントの広告だとわかる仕掛けだ。

     しかし、このところ、ユーチューバーが無名で出しているアメリカの老人広告が大量に視聴できる。内容は、90-100歳代の老人に「私の送る健康生活」というような内容で、多くは、施設に入るな、一人暮らしで好きなものを食べ、小さい子の見守りなど出来ることをし、誰に頼らなくても、うるさい栄養学のお世話にならなくても、元気に生きられる方法を伝えている。

     一つ例を挙げれば、103歳のおばあさんが、身ぎれいでしっかりした口調で話す。「私は、三食とも毎日、卵、肉、牛乳、じゃがいもの4種類だけ料理して食べて生きている。コレステロールがたまるだの、牛乳のような白いものは避けるべきだの、多様性のない食事は偏るだのとの助言はおせっかいだ。同じものを食べてもおいしくて栄養満点だ。味付けにレシピはいらない、塩をふるだけ」。

     サプリメントを飲み続けて、万が一効果があったとしても、人間はいつかは死ぬ。しかも、サプリメント以外の一日の生活をどうするかが問題なのだ。長年生きて自分でつかんだ健康パターンで生活を送ることの方が重要だ。別のおばあさんは、「ヘルパーの手を借りると、自分のやり方と違うので気に入らない」「子供の世話になると、若い人の輪に入れず疎外感を味わう」「施設に入ると、外の空気を吸うのも許可制になる」「シニア婚を勧められるが、相手に全財産を奪われた話をよく聞く」等々、真実をきちんと教えてくれる。

     日本も、サプリメントで生活を変えましょう、健康診査の数値を気にして生きましょう、・・・そういう言い方はもうやめるべきではないのか。自分の人生は自分のもの、医療者のためでも、政府のためでもない。ここまで生きてきたなら、頑固に自分流に生きることを訴える広告に変えてほしい。

     

    •  家父長制の下で「男は一家の大黒柱」「女は自由がなく子供を産む道具」と叫んでフェミニストの運動がかれこれ半世紀以上も続いた。アメリカではベティ・フリーダンの「女らしさの神話」刊行(1963年)、日本では、中ピ連(ピル解禁の女性解放連合)結成の1972年を始まりと仮定すれば、だが。

       日本では、86年施行の雇用機会均等法と90年代の男女共同参画の普及で、少なくとも女性の社会進出は相当進んだ。しかし、一貫してフェミニスト運動は文化的・慣習的な家父長制は残存し女性差別はそこかしこに観られると主張する。そうかもしれない。しかし、そうでない現象もある。50歳時未婚率3割の男性の存在と少子化である。

       フェミニスト運動と少子化とは直接関係するわけではないが、フェミニスト運動が敵対してきた「家父長的」類の男性が極端に減ることにより、間接的に少子化が進んでいるのは事実ではないか。現在、夫婦と子供の世帯の割合は全世帯の24%(2024)であり、世間的には、少数エリート家族と評される。夫婦に子育てするだけの所得があり、家族経営が成功しているからである。もし家父長的文化が根付いているならば、大黒柱になりえない男性は結婚を忌避するであろうし、情報過多で面倒になった女性を妻に迎える余裕のない男性は別の生き方を選ぶであろう。家の存続をもしまだ考える男性がいるならば、ロマンスを求める現代女性に興味を抱かれることもないだろう。

       男性の側からみれば、昔ながらの「家父長的」結婚など望める人はエリートでしかなく、結婚の意味を新たに作り上げなければ、フェミニストに言われるまでもなく「ハイハイ、私は家父長的志向がないので、結婚は遠慮させてください」となってしまうのが、今日の少子化の真の原因ではないのか。かつて、兵隊になるために男は強くなければならぬから「男の子は泣くな」と教えられ、戦後の平和国家では、モーレツ社員になるため男は強くなくてはならぬと強壮剤を飲みながら仕事をした時代は終わった。強くなくていい、そんなに稼がなくていい男たちに、結婚や子供に興味を持ってもらうための新たな結婚の意味を考えるのが、今日の少子化政策に欠けている。

      •  高市・トランプ会談は「成功」と報道されている。日本のマスコミはいずれも同じような報道内容だ。「少なくとも今回はホルムズ海峡に軍艦を派遣しろ」は避けられた。だから、成功だ、と。時間が経って、マイノリティの意見が細々と出てきたり、ユーチューブなどで新たな分析が出てきたりして、マスコミで報道されなかった細部に驚くべきことが発見された。

         一つは、首領同士が対面してハグすること。高市総理が仕掛けたが、日本の習慣ではないし、対面の儀礼としては度が過ぎたインフォーマルであり、男が女に仕掛けたらセクハラともとらえかねない。

         二つ目は、会談に先立ち、トランプがホワイトハウスを案内する場面で、歴代の大統領の額が並ぶ中で、ある額の前で高市総理が大笑いしたことである。日本では報道されなかったが、その額は、バイデン大統領のパロディであった。認知症で何でも署名してしまう自動サインペンを表したものだった。それを掲げたトランプの資質を疑うが、それに同調して笑うのは、アメリカ国民に対する失礼な行為であろう。少なくともアメリカ人全員が共和党員ではない。

         三つ目は、高市総理は「日本は、法律的に出来ることと出来ないことがあるとトランプ大統領にきっちり言った」と日本人記者会見で話したが、実際の言葉は「日本はできることをやります」だった。ニュアンスがあまりにも異なる。

         四つ目は、ロン・ヤス、ドナルド・シンゾーに倣って、ファーストネームで呼び合うことに憧れた高市総理が夕食前のスピーチで盛んに「ドナルドと私」を繰り返したが、トランプ大統領の方は、高市総理を「総理大臣」で通し、名前は一度も呼ばなかった。分かりにくい日本の名前を覚えられなかったせいもあろうが、「女から攻められた経験のないmale chauvinist」のトランプは高市総理に親しみを感じてはいなかった。また、トランプは高市総理を「This woman」と呼び、高貴な女性に対しては「This lady」であるはずだが敬意が払われていない。

         これらのことは、ホルムズ海峡に軍艦を出さないで済んだ(今のところ)のだから、全て帳消しとするのが日本のマスコミの姿勢だ。日本国中で、終戦後日本で最も人気のあったマッカーサー元帥への思慕が消えていないらしい。安倍晋三の継承者を自認する高市総理はマッカーサーコンプレックスを覆そうとした安倍元総理の「戦後レジームの見直し」と真逆の姿勢であることを指摘したい。

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