日々雑感

土壌の学問に驚く

 陽捷行(みなみかつゆき)先生(北里大学元副学長、名誉教授)のお話を聴く機会を得た。ご専門の土壌学に一片の知識も持たぬ筆者が気候変動を探る趣旨の一環として臨んだ会議であったが、驚きの情報であった。
 我々人類は1万年前から文明を発祥し、人間圏を創ってきたが、人間圏は人智を育み、現今ではAIなる人智を越える存在と共存すべく地球上の80億の人間が世界に棲む。その人間圏のど真ん中にあるのが土壌圏であり、大気圏、生物圏、水圏そして地殻圏とともに地球という「生命」を成し、気候変動によってその生命が脅かされている。陽先生の言である。
 地球を覆う土壌は平均18センチ、水は11センチ、オゾン層は3ミリ、酸素を供給する対流圏は15キロという薄皮の中に、人間を始め500万種以上の生物が棲んでいる。環境問題の真実と本質はこの薄皮の中にあるのだが、「環境」は科学よりも政治で捉えられ、まさに真実と本質に無知のまま我々は過ごしていると言う。
 陽先生と同じ北里大学の特別榮譽教授、大村智先生は2015年にノーベル賞を受賞されたが、これは土壌の微生物の研究から抗寄生虫薬イベルメクチンを創成した業績によるものである。先生はどこに出かけても土を持って帰って研究されたことを語っていた。
 土壌に含まれる微生物と人間の腸に含まれる微生物は類似の存在であり、土壌の健康と人の健康は同一のものである。土壌から作物と酪農へ、そして人間へと健康は一つの鎖で結ばれていると陽先生は言う。実際に、野菜などを口にしながら、人間は土壌を食べているのだそうだ。
 土壌由来の微生物が腸を経て脳に及び、成分であるドーパミンが喜びを生み、アドレナリンが怒りを起こす。土壌微生物によって我々の心と体の健康は保たれる。肥満やアレルギーも微生物が原因であり、足の下の土壌から我々の体に入ってきたものである。
 昔から言う医食同源は医・土壌同源とも言い換えられるが、医学・健康学に革命を起こすのが土壌学であろう。陽先生は、知的三大科学革命と言われる地動説、進化論、精神分析学の次に、四番目として土壌学が科学革命を起こすであろうと予測されている。
 気候変動以上に、長年医療行政に関わってきた筆者としては、今回のお話に欣喜雀躍した。切った貼った、遺伝子治療などを越えて、土壌学がもたらす医療革命に期待してやまない。気候変動以上に医学への貢献を望んで然るべきである。

日々雑感一覧