健康は経済に優先する
既にこの欄で、韓国で行われた科学者会議の講演者中村修二(青色LED)、デニス・メドウ(成長の限界著者、ローマクラブ)について書いたが、今回は、2008年ノーベル生理学・医学賞を受賞したHIV(エイズウィルス)の発見者リュック・モンタニエ博士の講演について書く。
HIVの発見は、もう一人、米国メリーランド大学のロバート・ギャロ博士との間で、どちらが先か、どちらが貢献したかで争いがあった。結局1983年、ギャロより1年早く発見したモンタニエが受賞することになったのだが、分子生物学上の功績はギャロにもあった。
ノーベル賞は偉大であり、ある意味では政治的意味も持つことはこの争いでも分かる。フランスとアメリカが国を挙げて争ったのである。受賞して晴の舞台に乗る場面は華麗だが、水面下ではさまざまの問題がある。日本でも、90年代、ノーベル経済学賞確実と言われた森嶋通夫は、ノーベル賞の選考基準が理論よりも応用重視に変わったことによって受賞を逃したと言われる。
さて。モンタニエ博士は非常に穏やかな話しぶりで、フランス人の英語にしては分かり易かった。以下、要点を記する。
人類は35億年の生物進化の過程で、環境と闘うDNAの遺伝子記憶を持っている。直近1万年は人類が文字などによって遺伝子記憶を残してきた。今、健康の問題は、エイジング、慢性病、突発的出来事、グローバリゼーションに挑戦している。
癌や心臓病などの慢性病の病理因子はDNAの酸化ストレスであることが分かってきた。その医学への応用は、癌、自閉症、パーキンソン病、ALS、リューマチについて、抗生物セラピー、抗酸化、免疫強化などの治療法が開発されている。
ワクチンの効果は専門家の間で疑問視される分野があり、ワクチンの引き起こす医療事故も認識される中で、いくつかの予防法を勧めたい。風邪などに感染している乳児のワクチン投与を遅らせること、妊婦と乳児はできるだけ放射線を避けること、解熱鎮痛剤を使わないことである。
最後に、モンタニエ博士は、「健康は経済に優先する」を強調した。政策決定者に対する提言でもあり、人々に対する忠告でもある。
最後の提言は、日本の医療財政では難しいところもある。どこの先進国でも、誰もが最高の治療を受けることは難しいだろう。しかし、病理のメカニズムを知って、たとえば抗酸化の食品を摂るなど予防は個人の行動次第である。
ワクチンについては、子宮頸癌ワクチンの副作用問題が広く認識されているが、数年前、国や地方公共団体に子宮頸癌ワクチンを予算化しろと声を荒げた人々は現在沈黙している。そもそも中学3年の女子にワクチンを投与するより若年化する性行動を抑制する方法を考えるべきだったのではないか。医学や環境学は、学問の成果や論理が定着していない段階で、政治的道具に使うべきでない。モンタニエ博士のプレゼンは、健康は経済より優先すべきもわかるが、「真実を分かって行動すべき」ことも教えたと思う。