日々雑感

金銭よりも服

   先週、インドで貧しい村に所得創出活動を行ったアンシュ・グプタ氏の話を聴く機会を得た。グプタ氏は、「衣服の男(man of clothing)」と呼ばれていて、社会事業家としての国際的な最高賞、マグサイサイ賞を受賞している。
  グプタ氏は、ある時乞食が近づいてきて、お金ではなく着るものを下さいと言った一言に、ひらめきを覚えた。乞食は寒くて死にそうだった。そうか、金も食べ物も住む家もない人は服もないのだ、と。
 当たり前と言えば当たり前だが、若い頃、インド・ユニセフに出向して開発援助の仕事をしていた私も認識していなかった。グプタ氏は、早速、都市部などから古着を集め、服を提供する一方、その布を使って、バッグやサニタリー用品を作る事業を起こした。このことが貧しい村に所得をもたらすようになったのである。
 ユニセフ時代、私も、所得創出活動(income generating activities)は、開発援助の手法のひとつとして勤しんだ。織物づくりや、ヤギを与えて増やしていくことや、些かの所得をもたらし、女性はそれを子供の教育に使おうと必死になった。ただし、これらは織機やヤギ数頭など投資が必要で、所得を得たら、それを返還していかねばならない。
 グプタ氏は、古着というタダの「資源」を使い、貧しい人々が投資する必要のない手法を取った。ここが彼の優れた素質を語る。「チャリティでなはい、起業だ」。彼の信念が事業を成功させた。そして、彼は、村人の変化を遂げた姿を写真で示した。裸だった子供が服を着ることによって、貧困に落ち込む姿から夢持つ少年の姿に変わった。ぼろをまとう初老の男は、きちんとした服を着ることによって、見下げられた状況から、仕事を頼める男に変わった。
 貧困救済を金や食べ物ではなく、衣服から始めたというのは、方法論でのイノベーションだ。また、チャリティではなく、自分で稼ぐシステムを作ったのもイノベーションだ。私は、グプタ氏の話に感動した。イノベーションは、科学の世界で新たな発見をすることだけではない、身近な方法論の改革もまたイノベーションなのだと知った瞬間だった。

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