日々雑感

供給が需要をつくる

   ある医療団体の会合で、医療経済学者が言った。「高齢社会だから医療費が上がるという厚労省の説明は間違っている」。過去40年間のデータを数理解析したところ、医療費増嵩の一番の理由は医師の数である。医師が1%増えると医療費はほぼ1%増え、高齢化率は1%増えても医療費は0.1%しか増えない。明らかに、医療の世界は、供給が需要をつくるという経済の原則が働いている。特に医師は、私大医学部の場合だと多額の金をかけて医師になるので、生涯所得で「回収」する心理が働くであろう。
 医師だけでなく薬剤師・看護師の数も響く。厚労省と文科省が医師会の意向を汲んで医学部新設を認めず、医師数を抑制してきたが、最近は、供給過剰になった歯科医師数を国家試験合格率を60%台に落とすことによって抑制し、薬剤師はまだ飽和状態にはないが、国家試験合格率がこれも60%台になり、抑制されている。その上、薬学部が2006年から6年制になった影響で、薬学部の不人気が認識され始めている。
 代って、人気なのが看護学部だ。薬学部も看護学部も女性の入学者が多いので、6年かけても薬剤師になれぬなら、看護学部を選ぶ。4年制看護学部は、70年代には全国2大学だったのが、現在は300近くある。しかも、かつての3K職業のイメージから、大病院の正看になれば大きな給料ももらえる。だが、せっかく看護学部に入っても、卒業できない、国家試験に受からない、就職したくない、就職後1年もたない割合が高く、看護師の労働市場は決して拮抗しない。
 医療の現場を与る人材はそれぞれ問題を抱えている。供給が需要を作るのであれば、その供給の質を確保できなければ、厚労省の役割は、抑制政策しかあるまい。一市民としては、良質の医療人にあたるかどうかは「運」でしかない。嘆かわしい。もっとも、タクシーで大暴れの弁護士、不倫大好きの国会議員を始め、世に範を垂れる存在は無くなったから、医療者だけに聖人君子は求められない。ただ、世の中がいかに劣化しても、命に係わる職業の人々には、崇高なプロフェッショナリズムを持ってもらいたいのは、哀しき日本人の願いだ。

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