日々雑感

次の革命?

 昨日、物財研の坂東義雄エグゼクティブアドバイザーからナノテクの発展についてお聴きした。坂東先生はカーボンナノ温度計を開発された最先端の学究である。この温度計はカーボンナノチューブの新しい応用で、「世界最小の温度計」としてギネスブックに認定された。
 ナノテク開発は、2000年、クリントン大統領がナノテクの国家イニシアチブ政策を発表したことに始まり、日本もその機に乗ったという経緯がある。それから十数年、アメリカは、IT革命、バイオ革命、そして、科学ではないが金融革命で世界を席巻してきたが、ナノテクは、今のところ「ナノテク革命」には及んでいない。アメリカが予算、論文とも日本の数倍の勢いでトップを走ってきたが、現在では、いずれも中国に抜かれたという。
 物財研がナノテクの分野で世界のトップグループにランクされているのは誇らしいが、話は日本の研究体制そのものに及び、最近よく話題になる世界大学ランキングで日本が年々順位を落としていることには失望する。50番以内に東大、100番以内に京大がランクされているが、北京大や清華大学より下だ。
 むろん、それは、東大、京大などの研究レベルが低いのではなく、論文、外国人教授や留学生受け入れ、海外企業との連携などにおいて英語力が問題なのである。物財研ではそれを意識して海外研究者との共同研究を強めていると言うが、筆者は、かかる手段はバケツの中の一滴と思う。
 森鴎外が東大医学生だったときは、教授はお雇い外国人だったので、講義はドイツ語だった。鴎外のノートが残っているが、綺麗なドイツ語で書かれている。鴎外はドイツに留学してその日から、コッホに議論を挑んだ。現代でも、インド人は、高等教育は英語で行われるので、むしろ英語でなければ議論ができないのと同じ状況である。
 しかし、日本は高給お雇い外国人を次第に減少させ、同時に全て翻訳して日本語で授業が行われるように体制を整えた。鴎外も、研究がしたかったのに、翻訳ばかりさせられて「閉口した」と語っている。そのことは教育の普及には役立ったが、日本人の語学下手を決定的なものにした。
 もはやどんな綺麗ごとを言っても、語学力回復に根本解決はないので、研究内容の高さで勝負していくしかない。科学技術者間では、専門分野のコミュニケーションは、いくら下手な英語でも十分に可能である。しかし、専門分野にとらわれ、大局的視点を失うことが多い。だから、江崎玲於奈博士は「ナノテクと言わず、ナノ科学とナノテクを区別せよ」と主張したそうだ。ナノ科学という大きな視点が先に来る、という意味だ。江崎ダイオードも実はナノ科学を応用したナノテクなのである。
 科学技術者が専門的になり過ぎ、専門外での英語力が伴わないのが、実は日本のランクを低くしている要因なのである。専門医が患者と向き合わない状況に似ている。「政治家は科学に口出すな。金だけ出せばよい」という意見もあったが、これはむしろ正反対でなければならない。時代の必要とする大きな研究課題を引っ張っていくのが政治の役割である。
 クリントンが「次はナノテクだ」と言って久しい。その次は何を目標にするのか。AI革命はもう足元に来ている。日本も、アメリカ追従でなく、次の革命を率先して起こすようでなければ、人口減少社会で、学問だけではなく国としてもランクを落としていくことになろう。北朝鮮だけが政治ではない、2018年骨太方針の科学政策は、社会的課題を総花的に言及したにとどまるのは残念だ。

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