米中冷戦時代の始まり
中国通信機器大手ファーウェイ(華為)のナンバー2である創業者の娘がカナダで逮捕されたニュースは、サウジアラビア出身のジャーナリスト、アショギ氏がトルコで殺害された事件にも増して、世界中を驚かせた。背景に米中冷戦の存在が見えてきたからである。
トランプ大統領については、マイケル・ムーア監督を始め知識人が「本来のアメリカを取り戻せ」と声を上げている。しかし、トランプ大統領が世界に発しているメッセージは明確である。「シェール革命でアメリカは中東に石油依存する必要はなくなった。今は、知的財産権と安全保障の両面から中国を叩くことに専念する」。
トランプ大統領は、カショギ事件に関しては「サウジアラビアはアメリカの武器を大量に買ってくれる良い客なのだから」と、ムハマンド皇太子の事件関与を放置することにした。その一方で、貿易戦争で中国を締め上げつつ、情報の世界支配を狙う象徴であるファーウェイを潰しにかかろうとしている。トランプ大統領は敵が誰かを決めたのである。
TPP破棄、温暖化阻止のパリ条約離脱、イラン核合意離脱など、オバマの業績を次々と潰していくトランプ大統領は、アメリカファーストの下に、外交方針を明らかにしている。欧州では、中心的存在だったが政治的敗北に陥ったメルケル独首相、国民の支持を失ったマクロン仏大統領、EU離脱で躓くメイ英首相など、領袖の力が軒並み落ちている中で、トランプ大統領は独り独自の外交を繰り広げる。
しかし、トランプの外交が根拠なしに行われているわけではない。雑誌「フォーリンアフェアズ」にポンぺオ長官は「イランは核合意を箕にして、経済制裁を解き、中東の覇権を狙う」とイランの様々の「悪事」を語り、トランプ外交の正しさを主張する。オゾン破壊でノーベル賞を受賞したマリオ・マリナが「人間の活動で温暖化が進む事象は97%の科学者が信じる」と言っても3%が信じないなら、疑わしきは罰せずの理屈も通る。トランプは「私は信じない」と言ってパリ協定から離脱した。
ただし、TPPの破棄はトランプ外交と矛盾する。中国が進める一帯一路にとって、TPPは太平洋諸国の別ルールが存在するため邪魔だったが、トランプが保護貿易主義を掲げて自ら破棄してくれたのだ。中国は、あたかも従来の米国の立場を勝ち取ったかのように、自由貿易主義を標榜し、WTOの立場を強調した。ただし、そのことで、EUを味方に付けるつもりが、EUはそもそも中国を信頼していないので、反応してはくれなかった。
トランプ大統領は、当初、習近平主席と和気あいあいの関係を演じ、習近平を「立派な指導者」と褒め上げたが、いかにも商売人らしく、「ディール」に及ぶと態度を一変させ、中国製品に対する関税引き上げに出た。今や両国の貿易戦争は、万全と言われた習近平の地位も揺さぶるまでに至っている。また、トランプは、もともと不仲の中国と北朝鮮関係を視て、北朝鮮をカードに使おうと考えたのかもしれない。
トランプ大統領が商売人なら、次に来るのは「落としどころ」だ。既に米中戦争は始まったが、しばらくは、落としどころのある起伏の激しい状況が続くのだろう。そして、かつて「プーチンを尊敬する」とまで言ったトランプ大統領が老練の策士プーチン大統領とはどんなバトルを演じるのであろう。とりあえずは、中国か。
日本の安倍外交は国際社会で信頼を得ている。国際法違反の徴用工判決をいかにして覆すか、トランプの仕掛ける米中冷戦にいかに臨むか、日ソ平和条約をいかに実現させるか、安倍首相の行動が注目される2019年となろう。