プレシジョン・メディシン
プレシジョン・メディシンは、個別化精密医療と訳されている。英語のまま使われているのは、言うまでもなくアメリカがトップを走る研究分野だからである。分りやすく言えば、女優アンジェリーナ・ジョリーが遺伝の家族歴から、発生率の高い乳がんを予防するため乳房を切除した医療のことである。遺伝子分析をもとに行われる。
日本でも、「未病」すなわち将来ありうる病気を防ぐ医療が学問の分野で意識されてきているが、かかる先進医療は、既得権化した健康保険制度を脅かす可能性があり、医師会の反対があって、厚労省が及び腰だ。
しかし、この度、島津製作所のフェローであり、コロンビア大での研究歴が長い、筑波大プレシジョン・メディシン開発研究センター長も務める佐藤孝明先生のお話を聞く機会を得、日本がもっと踏み出すべき分野であるという確信を得た。
先生によると、日本人の遺伝子は、アメリカ人のような混血が少ないためホモジーニアス(同質的)であり、特有の病気とそれにつながる特効薬の発見に有利な研究対象だそうだ。3世代さかのぼってそこに含まれる10家族の遺伝病歴を調べると、特に若年性がんについては、アンジェリーナのように自分自身の将来の発症が予測できる。ガンばかりではなく、うつ病や認知症の予測も可能である。
現在、そのための遺伝子(ゲノム)分析は、日本でも始まっているが、厚労省はゲノム分析の多くをアメリカに頼っているため、日本でも整備を急がねばならない状況にある。分析に必要な次世代シークエンサーという高額の機器も海外からの輸入である。
平等でアクセスに優れた我が国の健康保険は誇るべき制度ではあるが、それが先進医療を阻害するのであれば、日本の将来にとって好ましくはない。厚労省が決めた「標準医療」以上を求めるなという姿勢や、ノーベル賞受賞者本庶佑先生が開発したオブジーボに関し、先生とドル箱を得た小野薬品との間で和解が成立していないように、低コスト化や対象拡大に向けての研究に十分な資金が流れないようでは、先進国の面目が立たぬ。
はやぶさ2の快挙によって、宇宙開発のニッチの分野で日本の業績が燦然と輝くことが確かめられたように、ホモジーニアスな遺伝子を使って、日本の研究が先陣を切るように乗り出すべきである。かつて某政治家が「一番でなくて二番ではいけないの」と暴言を吐いた、その考えこそが日本の夢と可能性を潰すのだということを痛感する。