日々雑感

科学者の心

 筆者は連続して気候変動の勉強をしているが、今回は、羽角博康東大大気海洋研究所教授のお話を聴く機会を得た。先生は海洋物理学と気候力学が専門で、海洋大循環のモデリングや気候変動の物理を数学を使って解明している。
 今回は、自然科学以外の会議参加者もいたことから、数式を使ったシュミレーションよりも、海洋の莫大な二酸化炭素吸収力が減退していくこと、海の酸性化が海洋生物に悪影響を与えていること等、気候変動に関する政策に警告を与える内容であった。
 深層海流の存在は、この欄でも既に書いてきたが、今回、驚いたのは、先生が気候変動を専門とするに至った動機である。先生は70年生まれ。72年に書かれたローマクラブの「成長の限界」を読んで感動し、人間が地球を壊さない科学の方向に行きたいと強く思って、この学問を選択した。
 筆者は、「成長の限界」についても、この欄に書いた。それこそローマクラブ発表から間もない75年、ミシガン大学大学院でその本は教科書として使われた。2年前、著者デニス・メドウに会うことができ、黄色くなった昔の本にサインをしてもらったのだが、メドウの予想は全く当たらなかったのだ。彼は、「今も自分のシュミレーションは正しい」と主張していたが、農業とエネルギーのイノベーションは少なくとも今日まで地球の破壊を食い止めてきた。
 科学者は、高い知性とともに、地球上に生息する人間でもある。湯川秀樹博士が素粒子論を研究する一方、核兵器反対の運動に身を投じてきたのはよく知られる。羽角先生も、産業革命後の特にこの百年の間に、人間が化石燃料を使って気候変動を招いてきた事実は、いかに我々が氷河期に向かっているからと言っても、人間の活動を放置する理由にはならないと筆者の質問に対し、明答した。
 科学者が集まる最近の国際会議で、ノーベル賞学者であるマリナ・マリオ博士が言ったのを覚えている。「97%の自然科学者は気候変動は人間の使った化石燃料が原因だと信じている」。だとすると、自然科学者はむなしくないか。アメリカはパリ協定から離脱し、付和雷同する国もある。
 科学者は政治的偏向を嫌うであろう。また、科学と相容れぬ宗教に傾倒することも嫌うであろう。だから、心を隠して研究に勤しむ。政治や宗教の入り込む余地のない数学や物理だからこそ、あたかも深層海流のごとく、深層心理において、政治が誠実な方向性を出すことを科学者は強く願っている。

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