日々雑感

トランプ大統領の焚書坑儒

驚いた。筆者は、長らく、ウクライナ戦争の火付け役であって行き過ぎた多様性政策推進のバイデン政権に代わるトランプ政権に期待していた。それが関税政策の右顧左眄に次いで、反ユダヤ主義とレッテルを張ったハーバードなどトップ大学、かねてより民間の方が安上がりだと批判したNASA(アメリカ航空宇宙局)、コロナ対応をめぐって批判的だったNIH(アメリカ公立衛生研究所)とCDC(アメリカ疾病予防センター)の予算を大幅に減らす方針を出した。こと、ここに至っては、トランプ支持を取り下げねばなるまい。
 アメリカの製造業を奪った世界中の国々に関税をかけるに始まり、憎しみを以て学問と研究の機関を潰す動きである。既にイーロン・マスクが長官を務めるDOGE(政府効率化省)での大リストラが始まっているが、学問と研究の場を対象とするのは、これとは異なる。歴史的に、焚書坑儒と呼ばれるものだ。既に研究者の7割が国外に出ることを予定していると言う。
 古くは、ナチスを逃れてアメリカに来た学者が、ドイツで創りかけていた原子爆弾を先に創った。最近では、ブッシュ・ジュニア政権の下で、大量破壊兵器があるとの嘘の喧伝でイラク戦争を始めたことに反対し、アメリカの最高峰の学者がシンガポール国立大学などに移った。若い学生でも、アメリカの大学ではなく、オーストラリアの大学などに勉学の場を求め、アメリカを離れた。ブッシュのキリスト教原理主義による受精卵研究ができないことによっても、学者は海外の研究機関に移った。
 アメリカの研究者は、オファーによって、しばしば研究機関を変えるので、動きやすい実情もあるが、それにしても、このままでは、世界を牽引してきたアメリカの学問が一挙に衰退するであろう。オバマ政権によってアメリカに復帰した研究者たちは、再び国外へ出ていくだろう。
 日本の焚書坑儒は、菅義偉首相の日本学術会議の任命拒否事件が例である。アメリカに比べれば小さい話であるが、菅元首相にしても、トランプ、ブッシュにしても、いずれも学問を重視しないタイプの政治家である。はっきり言えば「勉強嫌い」なのである。トランプはペンシルベニア大学ウォートンスクール、ブッシュはハーバードMBAだが、少しも知性と教養を感じさせない。トランプは学部教育で終わっている。ビジネスに志したことは良いことかもしれないが、少なくも、一国のリーダーとなれば、学問を大切にするのは当然なのではないか。
 かつて吉田茂首相が南原繁東大総長を曲学阿世の徒と呼び、全面講和論を退けたが、その結果、80年経った今も、日本はアメリカの「属国」であり続けている。吉田の場合は、日本の独立を急いだのだから、政治の要請があったと言えるが、トランプは単なる憎しみが彼を突き動かしている。
 しかし、今のアメリカで起きていることは、2009年に日本の民主党が政権交代を果たした状況を思い出してならない。公約した、こども手当も、後期高齢者制度の改正も、高校無償化も、ガソリン税暫定税率の廃止も、高速道路料金の廃止も、何も実現しなかった。それどころか、消費税を上げないと公約していたのに、自ら消費税を上げる政策だけを実現した。
 選挙の顔ばかりを大臣ポストにつけ、適材適所を怠り、公約の一つ事業仕分けは、ろくな職業経験もない連中が「この事業にはコピー代の倹約をさせる」などの結果を豪語し、恥ずかしい情景が今も思い出される。結局事業仕分けで公約の18兆円の「無駄」を見つけることはできず、したがって、公約の政策はできないと言う理由をつくった。その上、東日本大震災が襲って、予算もままならぬことになった。
 トランプは一期大統領を務めたとはいえ、今もなおビジネスマンであり続け、取引と愛憎で国家の経営に当たるならば、筆者が経験したかつての民主党と同じ結果を生むだろう。筆者は、民主党の代議士として、選挙区で罵声を浴びるようになった日々のことを思い出す。
 少なくも、焚書坑儒だけはすぐさま取り下げてほしい。アメリカが落ち目とはいえ、イノベーションだけはアメリカが先頭を走り続けているのだ。世界の進歩を止める気か、トランプ大統領。

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