日々雑感

山上徹也容疑者は日本の安重根となるか

 安倍元首相が凶弾に倒れ死亡した事件は日本を震撼させた。あな、恐ろしや、2022年はウクライナ侵攻にとどまらず前代未聞の大事件が又してももたらされる年となった。あたかもコロナ騒ぎで先送りされた気候変動問題が沸騰したかのような情勢である。
 それにしてもマスコミの対応はウクライナ侵攻と同様、金太郎飴であった。ウクライナ侵攻は、今になってようやく単なる「ロシアは悪、ウクライナは善」の構図を打ち破る報道が少しづつ出てきたが、政治家は今もって「気の狂ったプーチンの仕業」と言ってやまない。地政学も歴史も学ばない世襲政治家と自称左翼の烏合の衆だからだ。
 山上容疑者に対しても、プーチンと同じく、宗教への恨みを安倍首相に向けた「気の狂った行動」と最初から位置付けてやまない。しかし、父と兄を自殺で失い貧困に喘いだ当容疑者の情報が少しづつ明らかになってくるとSNS上で若者の同情は集まった。しかも、本人は小児がんで失明した兄や妹に金をもたらそうと保険金をかけて自殺未遂までした状況に追い込まれた人なのである。
 彼はマスコミの言う「狂った人」ではない。報道されている彼の手紙によれば、宗教への恨みを安倍首相に向けたのは社会への影響力の大きさを考えた上であった。もともと頭がよく、論理的に考え、兄妹や、本来ならば一番責められるべき母親への情も厚い人間であったことが明らかになった。抵抗せず、淡々と逮捕されている彼の様子を見ると「仕事をやった」という姿であった。
 この姿は、1909年10月、ハルピン駅で前韓国統監の伊藤博文を銃殺した安重根に重なって見える。安は、今でも、筆者が訪れた釜山の韓国料理店で英雄として崇められた写真や書が飾られているように、一部の韓国人にとっては韓国独立の英雄である。皮肉なことに、翌年処刑され、その年に日韓併合が成立することになった。
 安は両班(支配階級)の出身で、キリスト教の洗礼を受け、受刑中に日本人のファンができるほどの人徳者だった。天皇を尊敬し、そのしもべであるはずの伊藤博文の施政が間違っていると言うスタンスをとった。山上容疑者も、もともとは父は京大工学部卒の豊かな家庭の出身であったが、母の宗教への献金が一家を窮地に陥れた。彼は、むしろ安倍政治に賛意を示していた考えの持ち主であった。したがって、安と山上の二人はよく似ている。
 これが左翼の犯罪であったなら、マスコミは「狂った人扱い」を止めたであろう。漫画程度の理屈で理解されやすいからだ。しかし、深読みすれば、経済的に転落すれば一挙に教育もままならず、自殺も選択肢に入り、生きづらい世の中の立て直しにテロという手段をとるまでに至ってしまったと言える。宗教の責任の背後には政治の責任もあることは否めない。
 岸信介は笹川良一、児玉誉士夫、文鮮明などと反共思想を通じて親しかった。インドネシア賠償についてもデビ夫人を動かして人脈を得たと言われるが、これらの人々と岸の膨大な資産との関連は処々で書かれている。すると、岸の孫であり岸の継承者を自認していた安倍元首相は山上容疑者の標的になってもおかしくはない。無論、許されざる暴挙ではある。
 生きづらい世の中を創った政治、転落の無い数世代に渡る資産を作り続けた世襲の政治家は、少なくとも80年代までの一億総中産階級から転落した多くの日本人にとって「敵」であることを、この機会に永田町で認識すべきである。
 蛇足だが、安重根の死刑執行に当たった関東郡督府の都督は奇しくも安倍晋三の高祖父である。

日々雑感一覧