保守政治
自民が保守、野党が革新という整理は既に間違っている。長年自民の牙城であった農協、医師会、福祉団体に対抗して、安倍政権は成長戦略における規制改革を推し進めようとしている。JA中央から監査権を取り上げ、混合診療を進め、社会福祉法人の内部留保抑制と介護報酬の引き下げに取り組む。
マスコミは安倍政権の成長戦略に好意的ではない。しかし、これまで改革の旗印を掲げてきた自民以外の政党がどこも手をつけられなかった領域に自民が挑んでいることに対しては、評価していいはずだ。どこまでできるか、どれだけ時間をかけたら成果が出てくるのか不明なため、つい否定的な報道になりがちである。
マスコミも世論も戦後は「やや革新的」な意見を持つのが普通であった。社会そのものは保守的なのだが、何せ、GHQの改革は「超」がつくほど革新的で、それもその筈、改革を実際に担ったのは、ニューディーラーの弁護士たちだったからである。保守のマッカーサーはそれに追認を与えた。
戦後教育を受けた者たちは、ニューディーラーの思想が日本の戦後の発展に寄与したと教えられ、意外に革新的な傾向を持ったまま人生を送ってきたように思う。安倍首相は1954年生まれで団塊世代よりは少し下だが、そういう戦後の風潮の中で、保守思想を守り続けてきたのは、世間の風の当たらない御曹司ならではの立場によろう。
だが、安倍政権の経済政策を見るかぎり、決して保守ではない。むしろ革新的とも言える。強者を優遇し、弱者を痛めるとの批評もあるが、上述のように、必ずしもそればかりとは言えない。明確な方向性を示している。それが前政権を担った民主党との違いだ。
新たに4年の施政権を獲得した安倍政権は、経済政策では、経済が悪化していく中で、かなりの苦労が待っているし、来年の参議院選挙後に実施する憲法改正において、安全保障の分野では、安倍首相の保守思想の本領発揮となろう。ここは、凄まじいほどの議論を必要とするが、今、保守が行う中期的な経済政策については、他の政党よりも現実的だと思われる。
ニューディーラーの洗礼を受けた世代が退職または死に絶えていく中で、今後、日本は保守の道を選択し、20代から40代の人々によって背負われていく、良くも悪くも。なぜなら、野党が対立軸を見つけることができないからだ。