日々雑感

黒は黒でしかない

 前川喜平 前文科省事務次官の会見は、歴史的な瞬間である。官僚が政治家に噛みつく、これはよほど腹をくくらないとできないことであり、行政の劣化を嘆いた前川氏の勇気ある行動に敬意を捧げる。
 世の中の誰も、菅官房長官と松野文科大臣の「そんな文書はなかった」を信じていない。黒いものを白と強弁しているのを誰もが感じている。事務方のトップが、しかも、あの真摯な姿勢で「黒いものは黒です。あるものをなかったとは言えない」と断言したのを、誰もが信ずる。なぜなら、前川氏の意図は「これ以上、行政の判断を歪めては、日本の社会がおかしくなる」という憂国の念から発したものだからだ。
 それを、菅官房長官は「前川氏は、文科省天下りの責任をとるときに、職に恋々とした」という、事実への反論ではなく、人格を攻撃する方法で出た。あたかも「黒いものを白いと言えない奴は、人格的におかしい」と言わんばかりだ。
 私は、現在、霞が関の地盤沈下が進んでいると思う。90年代、デフレで税収が減ってきたころから、霞が関の人事課長の悩みは「優秀な人が入ってこない」。一番手は外資系の会社を目指すようになっていた。入省しても、阪神淡路大震災の忙しさに耐えられず、大量にやめたり、そうでなくても簡単にやめていく人間が多くなった。現在、その集団が管理職に上がってきた。
 前川氏は、79年入省だから、新世代官僚の心の弱さを知り、気骨を持って仕事をするようにと範を垂れたかった気持ちもあろう。霞が関モラルの立て直しをも意味している。勿論、彼は、文科省天下り事件の引責で辞任したのだから、役人モラルを別の意味で低下させたと言う反論もありえよう。事実上、50歳代で退官する官僚の行き場をどうするかが検討されないままだったのは、確かにその責任は負うべきだったであろう。
 問題はこれからだ。権力に楯突いた前川氏は、今後大きな力で逆襲されよう。それも覚悟で発言したと思うが、心配なのは、彼は正論を言っているのだが、彼を助ける者がいないことだ。森友学園も、あれだけの材料がありながら有効に追及できなかった野党。しかも、今回は、官僚嫌いの野党は前川氏を利用しても守ることはすまい。
 与党の中も、安倍一強と言われるように、与党内権力構造は強靭だ。安倍さんの傲慢さに辟易しながらも楯突くことはできない。それならば、現政権は、「斡旋はやってきました。だけれど、もうやりません。ごめんなさい」と兜を脱いで、その上で、続投したらどうか。どうせ野党の詰めも甘い。ならば、開き直って、正直に続投したほうが国民の信頼は得られるぞ。「黒いものは白い」は、子供にも受け入れられない。
 前川氏を守れるのは、あとはマスコミだけだが、トランプ大統領に対峙するアメリカのマスコミと違って、これも弱い。前川氏は「変人」として葬られる可能性がある。それとも、21世紀に始まった官邸主導、政治主導の政治に、バランサーとしての官僚を甦らせるか、固唾を飲んでフォローしていくつもりだ。

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