日々雑感

老い

    昨日、ニューヨーク株式市場で暴落が報道された時、もしや、と心を曇らせた人も多いのではないか。エコノミストは、株価の調整時期と見る人が多いが、来年以降はリーマンショック並みの金融破綻がないとは言えない。世界の景気が過熱し始め、中国も大方の予想を裏切って好調だ。先進国の中では、一番低い成長率の日本は、かつての日本を「回復」できるのか、それとも人口減少と共にずり落ちていくのか。
 今、世界経済の舵取りを行っているのは、成功体験のある米、独、英、中、日などの終戦後生まれの政治家だ。トランプは家業の不動産業を発展させ、その方法論であるDEAL(かけひき)を政治の手法としても使っている。法人税など減税に成功して国内のDEALにひとつ勝った彼は、北朝鮮以上に中国とのDEALに勝負をかけるだろう。TPPに加盟するかもしれないとの情報は、やっとトランプがTPPは対中国のルール作りであることに気付いたのだ。「老い」の彼は経験から学ぶと、私はまだトランプに些かの望みをかけている。
 トランプのDEALは政治手法としては歓迎されず、また、「老い」てから政治に登場した彼を老害と決めつける多くの人もいる。長く人生をやれば成功失敗が相半ばし、批判するのは簡単だ。しかし、若い未経験の政治家に比べ、「老い」は国益だけを考える存在であると私は信ずる。フランスの最年少大統領は今や失望の存在であり、仕事はできない。日本でも、若い政治家は不倫と暴言だけが報道され、およそ仕事にならない。
 さて。「老い」を引き出すために政治論議までして回り道をしてしまった。「老い」を拒否し自刃した三島由紀夫と「老い」を享楽三昧に過ごした谷崎潤一郎の二つの対照的な生き方がある。多くの人はそのどちらでもなく、日常の繰り返しの中で衰弱して死にゆくのかもしれない。すると、三つの生き方があると言うべきか。
 最近、画像で、エンゲベルト・フンパーディンク(60-70年代に一世を風靡した英国人歌手、代表曲リリースミー)が80歳を過ぎて妻のアルツハイマ-病と闘っている姿を見た。若き日の彼の、インドの貴公子が如き顔と立ち姿のシルエットの美しさはそこにはなかった。しかし、彼が唄う歌は若い頃よりもはるかに心を打つものであった。彼は今もステージに上る。歌って歌って磨き上げた歌三昧の老後は、谷崎潤一郎型だ。耽美主義である。
 70年代、私がアメリカに住んでいた頃、世界が恋するピアニストとして持てはやされたのがリベラーチェ。クラシックをポピュラーにアレンジし、目にも止まらぬ速さで鍵盤に指を走らせる。彼の奏でるピアノは、あまりにも巧みであまりにも美しい。この上もなく端正で甘いマスクをしていて、ピアノを弾きながら、トークやダンスや歌を披露し、いずれも上品で最高の質であった(派手すぎるとの批判もあったが)。
 ピアニストというより、恐らく日本ではこういうエンターテイメントの分野はないと思われる、エンターテイナーであった。男色家と噂され、87年、それこそエイズが真っ盛りの時代にその病気で亡くなった。何百億ドルの遺産を残したが、彼自身の家族はなく、自らを美しく着飾った舞台衣装と数々の高級車が残った。美容整形や着飾ることで美しいイメージに固執し、男色もエイズもひた隠しに隠した。三島由紀夫型の生き方である。ちなみに、三島も男色家と言われる。
 私は、「老い」を受け止める。「老い」の政治に期待し、「老い」から死への選び方も真剣に取り組む。

日々雑感一覧