日々雑感

宇宙風化

 月面の黒い影は、昔から、ウサギが餅をついている姿だと伝えられてきた。外国でも何かの形になぞらえて語られてきたと言う。宇宙に影絵師がいて、時にはかぐや姫を降下させることもした。

 科学では、月の黒い影は、いわば日焼け(宇宙焼け)で色が変わった部分だと説明される。はやぶさ初号が小惑星イトカワにもこの宇宙焼け(厳密にいえば表面に近いところの物質の変化)があることを発見し、これは月と同様の宇宙風化によるものと説明され、宇宙風化は科学の世界で証明された。
 
 宇宙風化の第一人者である廣井孝弘・米ブラウン大学上級研究員は隕石の研究者であり、2006年にネイチャー誌にこのことを明らかにしたが、初めは、「宇宙風化は存在しない」という科学上の反対派に阻まれて論文の掲載も難しかったと言う。先生は、今回のはやぶさ2が小惑星リュウグウから持ち帰るであろう物質の宇宙風化も予言していて、かつ、はやぶさのミッションである太陽系ができたころの不変の物質は宇宙風化の下にあって、持ち帰ることができ、宇宙誕生の理論に大いに貢献するはずだと言う。

 宇宙というと、アインシュタインやホーキングを思い浮かべ、物理の世界と思いがちだが、鉱物・岩石からのアプローチがあることを知った。門外漢には、「物」の存在から理論化されるほうが分かりやすい。ちなみに、アメリカに次いで隕石保有の多い日本だが、隕石はいわば大気圏で焼け焦げになった残骸であり、はやぶさ1・2が持ち帰る「生の岩石」とは異なるという。
 
 はやぶさプロジェクトの快挙で、夢は膨らむが、廣井先生は、日本の宇宙科学予算の少なさやポスドクの扱いの悪さなどを辛口で指摘し、日本の科学への貢献に障害が多いと主張する。それに、宇宙風化について論文掲載が難しかったばかりでなく、科学ジャーナリズムの理解も遅かったと指摘する。これは、2年前、筆者が出席した会議で中村修二先生(青色LEDでノーベル賞受賞)が日本の科学政策やジャーナリズムを批判したことと通じる。
 
 キリスト教など宗教ばかりでなく、ウサギが餅つくなどの迷信も科学研究の前に立ちはだかることが多いのは歴史が教える。非科学性を打ち破るのは、数年後にはやぶさ2が持ち帰る小惑星リュウグウの石だ。「ほらほら、これが宇宙風化。迷信は風化せざるを得まい」。

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