日々雑感

脱炭素は文明の終わり?

 松井孝典 千葉工業大学学長(東大名誉教授)のお話を聴く機会を得た。先生はNHKの科学番組を立ち上げた学者としても有名である。今般は、地球システム論と地球文明との関係がテーマである。先生のご専門は地球物理学であるから、簡単に言うと、地球物理から見た人間圏とは何かである。自然科学から見た人間の「仕業」を考えてみるといってもよい。甚だ魅力的な学問である。
 先生が例に挙げたのは、ツタンカーメンの埋蔵物である。例えばその剣は隕鉄を材料にし、つなぎにはカルシウムが使われている。地球の外から来た隕鉄の加工は、アナトリア地方に住むヒッタイトの技術によるものとみられる。エジプト時代に地球外からの飛来物を認識し、国と国の広い交流があったのだ。
 かくのごとく我々は、何千年前から人間圏を形作り、36億年前に地球に生命が、138億年前に宇宙が誕生し永遠に近い時間の果ての地球物理学上の存在なのである。イタリア人物理学者エンリコ・フェルミの有名な問いかけ「宇宙には地球と同じ生命を持つ存在がいるはずなのになぜ地球に現れないのだろう」は謎のままだ。他方で地球もどきの惑星はたくさんあって、火星や小惑星に行きだした我々人類は水の痕跡などを見つけては、宇宙人の存在に夢を馳せる。
 残念ながら、人間の文明はツタンカーメンの剣のごとく科学的説明のできるものもあるが、科学が文明を説明しつくすには程遠い。にもかかわらず、今日的に大きな課題が科学から、特に地球物理学から指摘されている。それは、地球温暖化である。二酸化炭素の削減が課題である。18世紀に蒸気機関を発明し産業革命が始まり、21世紀に車や飛行機が商業化し、文明の進化は二酸化炭素の排出によってもたらされたことは確かである。二酸化炭素の排出増加は、文明発達の条件だったのだ。今更脱炭素とはいかに?
 しかし、異常気象による災害や農業被害に見舞われ、人類は脱炭素の方向を選ぶ。具体的には、二酸化炭素の排出を国内総生産GDPの増大に必要不可欠としないことが要求される。即ちCO2とGDPのデカップリングが必要だ。では、どんな方法があるのか。 
 人口光合成を発明し、CO2を使って酸素を増やすという科学的解決があるだろう。単純に人口増加を食い止め、一人当たりの生産性向上に目標を変えるという解決もあるだろう。我々は非文明に戻ることはできないという視点から、もっと優れた方法は考えつかないだろうか。脱炭素だけを叫ぶのでは、我々の進化が望めないことも知るべきではないか。

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